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ゲーム業界は世紀末?《救世主不在伝説》

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ゼルダの伝説

ゼルダの伝説ポータルBLOGが更新されました。記事は「メインテーマ」と題された、音楽に関するものです。記事では音楽担当の片岡真央さんが『世界の魅力こそ主役』という想いで音楽を制作したことや、楽器のチョイスでの悩みなどが語られており、その高度な制作の一端が垣間見られるものとなっています。また典雅な響きの篠笛や二胡(にこ)の音声を視聴することもできます。しかし、一番印象的だったのは記憶を失ったリンクを表現する上で音楽を途中でばっさりとカットしたという部分。音楽としては不自然になってしまうのですが、ゲーム作品としての完成度を高めるためにそのような表現をしたという片岡さんの記述が印象的です。

BGMは文字通りバックグラウンドで鳴るものなので、普段はこんな意図は気にせず、ゲームを楽しんでいただけることが何よりだと思っています。ですが、今回このような機会をいただきましたので、ほんの少し、BGMに込めた意味を紹介させていただきました。引用

 

過去の「大作」と言われるタイトルを見渡すと、作品の完成度以上に「パーツだけ強めな主張」が採用されてしまった残念な作品が多々あります。ファンからすれば望んでいた形なのかもしれませんが…。しかし、なぜそういうことが起きるのか。それは現場では「こゆい」多数のクリエイターが無数の仕事をこなすわけですが、一方その「こゆい人々」を制御できるド級のまとめ人(監督的な立場の方)は非常にレアだからです。そういった方はゲーム業界だけの話でなく、あらゆるジャンルで滅多にお目にかかれません。『作品の調和を乱す、こゆい人のこゆい主張はあるが、全体としては完成度が低い歪(いびつ)なモノ』はそうして出来上がってしまいます。過去に手応えを感じた、すぐれたパーツは捨てるには惜しいもの。けれど、トータルの完成度としてみれば邪魔なモノとしてばっさり切り捨てられる胆力と説得力。そんなスキルは普通の感覚を持ちつつ、尚ゲーム脳に支配されてない方でないと身につくものではないですし、そういった方はゲーム業界にはそうそういません。

本作品「ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド」ではこゆくて強い主張がたくさんあります。しかし、そのどれもが同じ方向を向いています。ゲームクリエイターが盲目になりがちな一般視点もしっかりいれられています。では、最初から無駄がなかったのかというとそんなことは無く、このウラにはばっさりとカットされた「こゆくて優れているが方向にそぐわないので捨てられたモノ」がたくさんあるはずです。マリオの死体が谷に吸い込まれる様に。

鷹の目を持ち、現場を的確に把握するド級の監督的立場の存在。そのまとめ人の指示でスタッフ総掛かりでプレイをした事実。こういったものの積み重ねが「ユーザーと作品第一」の「ゼルダ」という高いレベルの作品を作り出したと言えます。天才、宮本茂さんが見守る位置にいられるのも、そうしたスタッフの真摯な取り組みがあるからなのでしょうね。そういえば宮本さんもゲーム脳に支配されない数少ないクリエイターの一人。ゲーム内でのお約束に疑問を持てる方、同人的発想ではなく、買い手のことを第一に考えられる方、そしてそれをまとめられる方、そんな救世主となる「まとめ人」が今後増えてくれることを祈ります。マニアックに舵取りされつつあるゲーム業界の方向を修正する為にも。

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